雑なにっき

メモがわりに長めのつぶやきをしています。

1年に2回、合計約6時間だけ開く神社 北鎌倉の「第六尊天神社」に行った

タイトルの通り、1年に例大祭と元旦の2回だけ、合計で6時間ぐらいだけ開く神社に行ってきたのだ。

 

場所は北鎌倉の建長寺の近く。以前通りかかったことがあり、その時から「何だろう?」と思っていた場所だ。その頃から興味を引かれていて、絶対いつか入ろうと誓っていた。

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だってビジュアルがこれだ……! 固く閉ざされた門に、「危険 のぼるな」といった警告。気軽に入れないとなると気になるもの。「なにかあるのでは」と思うし、興味を持つなという方が無理だ。神奈川在住の自分にとって、鎌倉という自分の身近に、こんなにも超ド級の「不思議」があったなんて! と見つけた時は興奮した。

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すぐにネットで調べて、「例大祭に開くらしい」という情報だけ知っていたので例大祭期間(7月15日~22日)をワクワク待っていた。そして気になって例大祭直前になって訪れて掲示を見に行ったら、例大祭期間すべて空いているわけではなく、今年は22日の午前中のみであることを知る。

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うわあぶない……事前に訪れておいてよかった。

例大祭当日

そんなこんなで当日になった。当日は神社へは9時40分ごろに着いたと思う。その時はただ参拝して、神社の関係者にちょっと話が聞けたらいいなと思っていた。

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第六天神社では祭礼の準備が行われていた。そして開いていることを見たことがない門が開いている。興奮した。

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急な石の階段を上がる。自分のほかにもあがっている人の姿を見かける。

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鎌倉は歴史のある街だから、石碑を街のあちらこちらで見るんだけど、こちらも例外ではなく石段の途中で雰囲気ある石碑に多く遭遇する。わくわく。

ついに階段の先へ

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あがった。これが夢にまで見た北鎌倉の第六天神社……! 小さな本殿、そしてふたつの小さな摂末社があった。

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神社は、人が30人くらいあがったらいっぱいになりそうな狭さである。

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ちょこっと参拝して帰ろう、ぐらいの気持ちでいたんだけど「祭礼やるのでよかったら見て行ってください」と声をかけていただいたので参加することに。そしてこのことは後に私にちょっとした悲劇をもたらす。

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まず建長寺の住職さんがお経をあげる。この後、お焼香もした。神社なのに仏教様式……実はこの神社、建長寺の四方固めとして、方位を守るために建立された神社なのだ。本来、建長寺の四方鎮守は四つあったそうだが、現在も所在が明らかなのはこの第六天ひとつなんだそう。

 

そもそも第六天ってなんなの

そもそも神社名にもある第六天とは仏教でいう「他化自在天」のことで、魔王のごとき力を持つといわれ、神道では第六番目の神とされているもの。「他化自在天」は他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とするからこの名がついている。「人に快楽を与えたりとか、望みをかなえることができる魔王」なんだ。故に、欲望にかまけて仏道修行を妨げる、人をダメにする、という感じで魔王扱いされているという話を聞いたことある。第六天信仰は江戸時代に流行したと聞いたことがある……うう、伝え聞いたことばかりだからあいまいな表現ばかりでごめんよ……。歴史っていろんな解釈があるし、新しい発見で覆っちゃったりもするしどうしてもこういう表現になっちゃう。とにかく、県内ではこうした第六天を祀る神社が180社以上あり、厄病除けや方位神として信仰されている。(平成9年の神社の掲示より)

 

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神社の話に戻るが、こちらではご神体ではなくご本尊として仏像を祀る。しかし、現在は盗難にあってしまい第六天像、持国天広目天多聞天の5体が失われているそうだ。盗まれた仏像の写真を見せていただいた。いずれも江戸時代作の丁寧な作品だが、悲しげに「もう海外に行っちゃったかもしれないねえ」と話してくれた。

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祭礼が終わって、お神酒とおこわをいただく。

次に、周辺の八雲神社から神職が来て祝詞をあげる。寺と神社両方で祭礼を行うっていうのがすごい。

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祝詞の後は神職さんによる鎌倉神楽の神楽奉納があったんだけど、巫女さんによる神楽奉納は見たことあったけど、神職さんが舞う神楽奉納を見るのは私は初めてだった。祭礼が終わると、またお神酒とおこわをいただいた。直会ってやつだろう。

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おこわは手にのせてくれた。そしてうまい。これで祭礼は終了。結局最後までしっかり参加した。

これは私に起こった小さな悲劇なんだけど、この日はこの夏一番の汗をかいたし、肩を「海でも行ったのか?」ってぐらいに、しかもインナーのタンクトップ焼けでスク水みたいな奇妙な日焼けをしてしまった。ちなみに3日経ってるがまだひりひり痛い。しくしく。もっとしっかり日焼け止めを塗るんだった。

 

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例大祭の後、建長寺も参拝した。ハスの花が綺麗だった。

 

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帰りに通りかかったら神社の門は既に閉まっていた。

 

いつまでも続いてほしい

今回行った神社の伝統は口伝で伝えられている感じのもので、その伝統を支える側も高齢化が進んでいる感じだった。祭礼もそうだし、神社自体、建長寺史研究の上で重要な文化遺産であるからそれはないと思いたいが、もしかしたらいつかは失われてしまうかもしれない。だとしたら悲しいなあという思いからブログ記事にした。
はじめに訪問した理由は興味から、というものだったが今はこうした伝統がいつまでも続くことを願っている。

 

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ちなみに、やっぱり方位除けと陰陽師は関係が深いものみたいで、境内でもそうだし、ちょっと離れた場所にも安倍清明の碑を見かけた。これもまた気になる……。